2015/07/03

日本の世界遺産「平泉」を巡る旅 2014年8月

平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-

 文化遺産・2011年登録

浄土を表す5つの寺院、庭園及び考古学的遺跡で構成されています
特に浄土思想の考え方に基づいて作られた寺院・庭園がまとまって残っています





中尊寺(ちゅうそんじ)


850年に比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって開かれた「関山 中尊寺」
12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔造営が行われ現在の形となりました


金色堂に向かう参道の途中にある本堂
天台宗の東北大本山でもあります
1337年の火災で焼失しましたが、
明治42年(1909年)の現在の本堂が再建されました


金色堂が収められている新覆堂
内部は撮影禁止のため金色堂の写真はありません
1124年に上棟され火災の被害にも遭わなかったため、
建立当時の姿を保っています
極楽浄土を具体的に表現するため、
当時の工芸技術が集約されています


新覆堂の隣にある旧覆堂
金色堂を風雨から守るため1288年に建設され、
新覆堂が完成する昭和38年(1963年)まで使われました
昭和40年に現在の場所に復元されました
内部は自由に入ることができます




毛越寺(もうつうじ)


850年に慈覚大師円仁が開山し、藤原氏二代基衡公から三代秀衡公の時代に多くの伽藍が造営され、
最盛期には堂塔40、僧坊500を数え、中尊寺を凌ぐほどの規模と華麗さであったといわれています

現在は建物が焼失してしまいましたが、
大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構はほぼ完全な状態で保存されています
東西約180m、南北約90mの池のほぼ中央に勾玉の形をした中島があります




平成元年に建立された、平安様式の新本堂
本尊は平安時代作の薬師如来


開山した慈覚大師円仁を祀る開山堂





観自在王院跡(かんじざいおういんあと)

二代基衡公の妻が建立したと伝えられる寺院跡
平安時代に書かれた日本最古の庭園書『作庭記』の作法どおりの浄土庭園の遺構は、
ほぼ完全な形で残されています










無量光院跡(むりょうこういんあと)

藤原秀衡が京都の平等院を模して建立した寺院
現在は消失し、調査のため池の水も抜かれているため当時の面影はありません












柳之御所遺跡(やなぎのごしょいせき)

~世界遺産登録を目指す関連遺産~

古来、藤原清衡・基衡の屋敷跡と伝えられてきましたが、
バイパス工事の発掘調査により、「吾妻鏡」に見える平泉館の跡と思われています

国道のルートを大幅に迂回させ、現在も発掘調査が続けられています











達谷窟(たっこくのいわや)

~世界遺産登録を目指す関連遺産~

坂上田村麻呂が征夷の記念に毘沙門天を祀った岩窟
戦勝祈願をした京都。清水寺を模したと言われています






北限といわれる「岩面大佛」(磨崖仏)がありますが、
胴体は明治時代に崩れており顔面だけが残っています







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