2017/01/01

沖縄の世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を巡る旅 2016年10月

琉球王国のグスク及び関連遺産群

 文化遺産・2000年登録

観光客はたくさん訪問するが、世界遺産のイメージが薄い沖縄
以前は琉球王朝として独立した国家が存在していた
沖縄本島に点在する9ヶ所の世界遺産を2日間かけて巡りました


今帰仁城跡
(なきじんじょうあと)

 

北山王(ほくさんおう)の居城
1.5kmに及ぶ城壁と
4万平米の広大な敷地




入口へのアプローチは
新しい石段ができているが
その横には
当時のアプローチも残されている
城を守るため
狭くて険しい道



城内にいくつもある祈りの場所
御嶽(うたき)



自然の地形を活かして城壁を張り巡らし
難攻不落と言わしめた



城内から見える海
標高100mほどの高台に築かれている






座喜味城跡
(ざきみじょうあと)


護佐丸によって築城され
最高傑作の要塞と言われている
第二次世界大戦で破壊されずに
当時の城壁がそのまま残っている




曲線の城壁が印象的
防御のため袋小路になっている
「武者隠し」(写真上)や
狭い城内を広く見せるよう
目の錯覚を上手く利用している



他の城(グスク)に必ずある
祈りを捧げる場所
御嶽(うたき)がここにはない
この城が戦闘のための要塞として
特化して築城されたためである





勝連城跡
(かつれんじょうあと)



高低差のある丘陵に建てられた城





曲輪に向かう通路は
左に緩やかにカーブしているため
右利きが射る弓矢で攻撃しにくい構造
上に行くほど徐々に狭くなっている
登りにくい石段は
観光用の階段の下に隠れている



本丸である一之曲輪からは
城全体が一望出来る



緊急時の避難所となっていた
「ウシヌジガマ」
読谷村の座喜味城まで繋がっている
との伝説が存在する




中城城跡
(なかぐすくじょうあと)


沖縄に300ほどあるグスクの中でも
たくさんの遺構が
当時のまま残されている



標高160mの尾根沿いに連なる城壁



相方積みという高度な建築技術で積まれた石垣
直線と曲線のコントラストが見事



通常の観光ルートは
裏門から正門に向かう
逆方向になっている



正門に向かう石段


当時正門へのルートは
この崖の右側を迂回するように造られていた







斎場御嶽
(せーふぁうたき)


国家行事が行われてきた
沖縄最高の聖地

三角岩とも呼ばれる「三庫理」(さんぐーい)は
天からの恵みを受け取る
最高のパワースポット
神への祈りを捧げる場所です




三庫理から見える久高島
神が造った聖なる島として
現在でも島のほとんどの土地で
個人所有が認められていません




他の世界遺産と違い
何も無い静かな場所ですが
「全てが調和している」
神聖な地です




見た目は大きな水たまりですが
第二次世界大戦時の
「鉄の暴風」と形容される
集中爆撃でできた艦砲穴




首里城では国王の食事を作る厨房である
「寄満」(ゆいんち)が
ここ斎場御嶽では
その年の吉兆を占う場所の名前になっています




岩からしたたり落ちている聖なる水
「シキヨダユルアマガヌビー」(奥)
「アマダユルアシナヌビー」(手前)
祈りの際に
身を清めるために使われています






識名園
(しきなえん)


琉球王家の別邸として造られ
保養の他
迎賓館としても使われていました

日本式の庭園に中国式の建物
アンバランスながら調和しています




現在は使われていない正門
正門と抜けると
緩やかにカーブしながら下る石畳
先が見えないため
期待感が高まります



池の水源「育徳泉」
枯れることなく湧き続けている不思議な泉
この石碑や石積みも
第二次世界大戦の艦砲射撃の
砲弾により所々欠けています




総面積160坪
15の部屋がある御殿(うどぅん)
この建物は客をもてなした一番座







玉陵
(たまうどぅん)



琉球王家歴代の王が眠る王墓
首里城公園の向かいにありますが
訪れる人は少なく
ひっそりしています



入口から少し歩いたさき
右側の小さな門をくぐると玉陵です




門の先は広い前庭
その奥に左右に広がる王墓があります





左右に各1つずつ
遺骨を納める墓所
中央は亡くなったあと一時的に保管する場所
7年程度安置したあと
洗体して墓所に収納します






園比屋武御嶽石門
(そのひゃんうたきいしもん)


国王が外出する際
道中の無事を祈った場所
首里公園内
守礼の門の先左側にあります




外観は木造のようだが
全て琉球石灰岩で作られています
昔は門の裏に森が広がっており
そこに向かってお祈りをしていました






首里城跡
(しゅりじょうあと)


琉球王国の王の居城
首里城正殿
沖縄県最大の木造建築物
琉球建築の典型といわれているが
17世紀までは板葺きだったといわれている




二千円札のデザインにもなった守礼の門
「守礼之邦」(礼節を重んじる国です)
の言葉が掲げられているが
ペリー来航の際は
「中山府」(歓迎していません)
が掲げられたといわれています





有料区域の城壁の手前
下之御庭(しちゃぬうなー)にある礼拝所
「首里森御嶽」(すいむいうたき)




正殿のある「御庭」(うなー)へ入る門
神を敬う意味を持つ「奉神門」
この門の内側は有料区域
現在は中央の門を使用しているが
当時は国王などの位の高い人しか
利用することができなかった




正殿二階にある王が座る玉座
「御差床」(うさすか)





正殿一階の床の一部がガラス張りになっており
以前の遺構が見えるようになっている

再建した正殿よりもこの遺構が重要と判断され
世界遺産登録が決定したといわれています


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